"Rock Opera"を初めて創り上げた
The Whoの名作。
通常ヒット曲としてこのアルバムからは"Pinball Wizard"が
取り上げられることが多いのですが、ここでは全曲をひとつの作品として推薦します。
"Tommy"のストーリーは21世紀の現代にも通じる社会の闇と精神世界を語っています。
<ストーリー>
時代は第一次世界大戦のさなか。イギリス軍のパイロットであるウォーカー大佐は戦闘中に行方不明となり、戦死と報告されます。ウォーカー夫人は悲報を聞き、失意の中息子のトミーを出産します。
4年後の1921年、ウォーカー大佐は奇跡的に生還し帰宅しますが、
夫人には恋人がいて、その情事に遭遇します。“浮気”だと我を失った夫のウォーカーはその恋人を殺害してしまいます。
鏡越しにこれを目撃してしまったトミーに対し、両親は「あなたは何も見なかったし、何も聞かなかった」そして「このことを一生誰にも話さないように」と言い聞かせます。これがトラウマとなり、トミーは以降視覚を失い、聴覚を失い、発話障害を負ってしまうのです。トミーは3重苦の少年となります。
荒廃したトミーの精神は、銀色に輝くガウンを着て金色のあご髭を生やした
見知らぬ長身の男を産み出し、異常な精神世界への「すてきな旅行」~幻想の世界に迷い込みます。(楽曲Sparksは、トミーが見た幻想世界を表現しているとされます。)
両親は彼を治療するためにカルト教団の教会を訪れます。
子供達が楽しみにしているクリスマスの季節。両親は、神の存在も信じないし祈ることもしない。ただトミーの境遇を嘆き悲しみます。
「トミー、聞こえるかい?」と語りかける両親に対し、彼の心がはじめて「僕を見て、僕を感じて(See me, feel me)」と語ります。
外出する両親は従兄弟のケヴィンにトミーの子守を託します。いじめっ子を自認するケヴィンは二人になって抵抗できない彼に対し執拗な虐待、拷問を加えるのです。
トミーの両親はトミーの治療を試み、アシッド・クイーンを名乗るジプシーの元へトミーを連れて行きますが、彼女は幻覚性ドラッグを使って彼をドラッグ漬けにしてしまいます。(楽曲Undertureはトミーの見た幻覚を表現しているとされます。)
両親は今度は叔父のアーニーにトミーの子守を託すのですが、彼は異常性愛者。抵抗できないトミーは叔父のアーニーから性的虐待を受けるのでした。
トミーは突如ピンボールの才能を開花させます。彼は大会でチャンピオンを負かし、
“ピンボールの魔術師”と呼ばれるスターになります。人々は三重苦の青年が確実なプレイをすることに驚き、突っ立ったまま機械と一体化し“匂い”でプレイしているのではないかと訝しみながらも彼に賞賛を送ります。
両親は彼を治療できるという医師を見つけ出しました。病因を解明するために数多くの試験を試みた結果、医師は、彼の肉体は完全に健常で病因は精神性のものであると語ります。彼の心は再び「僕を見て、僕を感じて(See me, feel me)」と語りはじめます。
母親は反応しないトミーに「トミー、聞こえるかい?」と熱心に呼びかけるものの、
トミーは答えない。ただ鏡を見つめるだけの彼に絶望した母親は遂に鏡を壊してしまいます。ところが鏡を壊したはずみにトミーは寛解するのでした。
彼が完治したというニュースは巷を駆け巡り、奇跡の人として評判をよびついに彼は
教祖として、集まった人々に教えを施すことになります。
トミーの熱心な信者の中にサリー・シンプソンという女性がいました。彼女は聖職者の娘でしたが、家出してトミーの説教を聞きにきます。トミーに触れようと手を伸ばした彼女は警備員によりステージから投げ出され、顔に傷を負ってしまいます。
トミーは治癒によって得られた自由を満喫し”I'm Free”と喜び人々に教えを施すのです。
トミーは自宅を教会として開放しますが、より多くの信者を求めます。自宅が一杯になってしまったため、彼は誰でも参加できるホリデイ・キャンプを開設し、
その運営を叔父のアーニーに託すことにします。
しかし、アーニーは信者を教化するというキャンプの目的を無視して私腹を肥やし始めるのでした。
トミーは信者達を境地へ導くために、飲酒や喫煙者を排斥し、目と口と耳をふさいた状態でピンボールをプレイするよう命じます。
しかし、このような無茶な教義や彼の一族による教団の搾取に反発した信者達は、
「もう付いていけない、こんなことはもうご免だと、彼の元を離れていきます。
キャンプは崩壊し、何もなくなったトミーの心が再び「僕を見て、僕を感じて(See me, feel me)」と語り始めるのでした。
ブロードウェイ・ミュージカルで制作された1993年の劇では信者を失ったトミーが、最後に家に戻り両親と抱き合い、物語が終わります。
1973年に映画化されていますが、ブロードウェイとは詳細部分が異なり、
本作の持つ精神性が損なわれてしまった、と批判もありました。
このストーリーを理解したうえで、"Tommy"を全曲聴いてください。
1曲だけ抜粋することの無意味さがわかっていただけると思います。